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塾講師ママ中学受験サポート国語-合格だけでいいんですか-

塾講師ママ中学受験サポート国語-合格だけでいいんですか-

◆〈第4話〉





■ 中学受験・塾物語 《 第4話 》 




S中の校門前。
この日この中学の二次試験を受けるのは、うちの塾からはトモとテッペイだけだった。

塾全体としては、この二人の計算外の本命校不合格の他はできすぎなぐらいうまくいっていた。
昨日までに進学先をほぼ全員が決めた状態であった。無謀だと思われた挑戦校に合格してきた生徒も複数いる。
もちろんそれは大きな喜びだ。ただ、なおさら、真正面から努力をし続けてきた二人の不合格が苦く感じられた。

入試応援は、事前に担当講師が決められている。
この日にこの中学を受験するということは痛手を負った生徒であることを加味し、塾長と、日曜特進の算数担当で自らがS中出身というベテラン講師の二人が割り当てられていた。
割り当てに名前がなくても、気になる生徒のところへ臨時参加するのは認められていた。
この日、トモとテッペイの二人の受験生を校門で迎えた講師は、各教室から集まってきて12人。
別の中学の二次試験の応援に行っている講師から届いたメールが8件。
トモとテッペイに一度でも授業をしたことがある講師全てが、二人を応援する。

二人が同じ時間ぐらいに到着した。
私達を見つけて、少し驚き、そして笑顔になった。
「先生、いっぱいいるやん~!」とトモ。
かぶってきていた帽子を脱いで、かけよって来た。
帽子を見て、私はあの日の涙をまた思い出す。
「心配かけすぎなやつがおるからなぁ~。」
「だれやろなぁ?・・・ってオレやん!」
トモは、もう大丈夫だと思った。彼なりに消化し、前向きになろうと精一杯だ。
テッペイの方も、最初は心細そうな、緊張したような面持ちだったが、トモの明るさにつられたようで、ちょっとだけだが笑顔も見せた。

テッペイのお母さんは、一睡もできていなかったようで、かなり泣きはらした目をされていた。お母さんの気持ちを思うと・・・苦しくなる。
今日こそ彼の彼本来の力を出しきって合格を手にして欲しい。

何十人という受験生の団体とその保護者の前で大きな旗を振り、「エイエイオー!」と大声をあげているハチマキを締めた他塾の講師や、それをビデオに撮る人、おそろいのジャンパーで目立つところに陣取り公式を声の限りに怒鳴っているところもある。
それぞれの一生懸命な応援がひしめく中、端の方で私達は、一人ずつ強く握手をしながら、念じるように祈るように言葉を伝えていく。

「君らに難しい問題は、周りにも難しいんだから、あせるなよ。」
「悩んだら、印つけて後回しにしろ。できるところきちんと書けば大丈夫だから。」
「計算はでっかくはっきり書けよ。」
「文章、ポイントに線を引くこと。記述問題は二人とも得意だから自信持って。」
二人ともしっかりとした目でうなずいている。
社会の講師が思わず強く抱きしめるようにした。
「オレはお前らの努力を見てきた。誰に見せても恥ずかしくない。絶対に通じる。いつものトモで解けば大丈夫。いつものテッペイで解けば大丈夫や。気合と根性でいけ。」
「先生、ぐるしい~!」とトモが言って、テッペイも笑った。
「そろそろ行ってくるか。」と塾長が言い、二人は教室へ向かった。

二人の後ろ姿を講師みんなで、じっと見つめる。
トモが何かテッペイに言って、テッペイがうなずいた。「いっしょにがんばろうな」って言ったんかな。
二人が見えなくなるまで見送って、それからはお母さん二人にもできるだけの言葉をかけた。

今日のS中の結果は、明日の昼過ぎに出る。
明日、トモはもう一度SN中の二次を受験することになっている。
お母さんも、合否より、前回自分が舞い上がってむちゃくちゃになったのが悔しいから、自分の中で解けるだけ解けたらそれでいいというトモの気持ちを尊重したいと。
テッペイの方は、お母さんが不安で不安で仕方ない様子で、念のためにさらにずっとランクを下げた中学の二次試験の願書を今から出しに行くとのことだった。二人のお母さんに明日も私達応援に行きますから・・・と伝え、その場で別れた。

教室にいたら、夕方、トモから電話があった。
「先生、試験が終わって今帰って来ました。朝はありがとうございました。」
「おつかれさん。試験、どうやった?」
「今までで、いちばんできました。国語、読んだことある文章だったし、自信あります。」
ほっと、胸をなでおろす。
いつもの自分で解けたようで、今までの試験とは全くちがう感じだったと言う。
「テッペイも、できたって。いちばん落ち着いて解けたって言ってました。理科簡単やったって。」
「そうか。よかった。じゃ、二人とも合格できてるはずや。・・・明日、がんばるんやね。」
「今日の結果を自分で見に行くのと迷ったけど、・・・この間の自分にくやしいから、当たってくだけてきます。」
「・・・・・・うん。わかった。トモの自分との勝負なんやね。先生、応援に行くね。」
「はい。・・・あ、先生、テッペイの方に応援に行ってやってください。ぼく大丈夫やから。テッペイの方がぼくより緊張しぃみたいやし。」
「・・・テッペイのとこにも先生いっぱい行くようにする。でも、トモにも応援に行くよ。」
 

翌日、SN中の校門前には、山下先生と私の二人で応援に来た。
トモの希望もあるしあまり大勢になっても・・・と、他の講師にはテッペイの応援に行ってもらった。
この日は、とても寒く、とにかくじっとしていられないぐらいの冷え込みだった。
学校側もストーブや火などを用意してあったが、風も強くてあまり意味がない。一時的に雪が風にまざることもあるほどで、冷たく痛い。

生徒10名ほどの前で、他塾の講師が大きな声で励ましている。
「いいかー!算数は計算だけでいいぞー!他の科目ミスするなよ!」
「算数半分より後ろの問題は考えなくていいからな!ほっといて、計算見直しに時間使え!」
思わず頷いた。学校側に聞こえるようにそう言いたい気持ちがすごくよくわかる。トモやテッペイのような子が他にもたくさんいたんだろう。
理系に強い生徒が欲しいとあれだけ説明会で言っておいて、算数得意な生徒が結果的にたくさん落とされているんだから。
かわいいうちの子になにしてくれるんや!ときっと講師みんなが思ってる。
気持ち、よくわかる。

うちの塾から今日ここを受験するのは、トモ1人。
駅からぞろぞろとやってくる受験生の波が来るたびに、トモを探す。
山下先生が、校門そばを指差して、「あれ・・・」と指差す。
「トモ来た?・・・ん?タマ!」
近づいてみたら、やっぱりタマ。
タマは一次試験でこの中学の上のコースに合格している。
「タマ・・・どうしたん?」
「トモに一言応援言おうと思って・・・」
「・・・・そうか。」

トモがやってきた。タマを見て、驚き、涙目になっている。
タマが「トモ、がんばってこいよ。」とトモの肩に手をおいた。
「・・・うん。」涙を拭うトモ。
タマとトモ二人で、入り口の方に向かっていった。

午前の授業の日はいつも遅刻ギリギリに寝癖爆発で、自分の入試の日ですら、朝が苦手と言ってホテルに宿泊したタマが、友達の応援を一言言いたくて、朝、こんなに寒い日にやってきた・・・。
トモ、君はいいもの手に入れたな。
合格よりもすごいもの、君は手に入れたな。
タマ、君はすごいよ。なんていいやつやの。

後日、あるお母さんから聞いたのだが、この時間、ダイキとヒロキとタケシも、家でずっと祈っていたのだと言う。
ヒロキとタケシは自分たちの方がずっと模擬テストで結果もよくなかったのに合格し、トモが不合格だったことをすごく気にしていた。
なにか申し訳ない気持ちになっていたのだと。

朝、タマといっしょに応援に来ることも考えたが、そのことでトモに余計なプレッシャーをかけることになるかもしれない。
「ぼくの気持ちも知らないで」「受かったやつはいいよな」といらだたせてしまうかもしれない。だけど、何もしないわけにもいかなかった。
3人で相談して、受験の始まる頃、自分たちの勉強机のところでトモが合格できますようにと祈ったんだという。

午後に昨日のS中の結果が届いた。合格。真ん中のコースでの合格。
トモとテッペイ二人とも同じコースで合格だ。

トモのお母さんから「なんとか合格しました。先生方には、本当に最後の最後までお世話かけました。」と電話があった。
その声はかすれ、疲労の色がこくにじんでいた。
テッペイのお母さんからのお電話は、涙なみだだった。
お母さんに心からお疲れさまと言った。
二人なら、入学してから一番上のコースになるのもすぐだろう。
二人で仲良くここで頑張ってくれるといいな。

トモのSN中の二次は、・・・残念ながら合格はできなかった。
この二人の進学先が決まって、この年の受験は終わった。


私の教室では、その学年の全員が進学先を決めたら、一度集合して最後の授業をすることにしている。
アンケートや合格体験記を書いたり、塾での仲間と今までのことを振り返ったり、最後の宿題として今までサポートしてくれたお父さんお母さんにお手伝いをして返すことなどを話したりしている。

・・・というのも半分は口実で、私達が彼らとの別れが名残惜しくて呼び出しているようなものだ。
15人クラスが2クラス。全員がそろった。
トモも来てくれた。
あの日の帽子を深くかぶっている。
5人の仲良しの中1人不合格だったという現実は、やはりつらいものがある。
よく来てくれたと思う。
4人の方もトモを気遣うような、言葉を選んでいるような空気が、少しぎくしゃくして見える。

彼らの4年生のとき5年生のときのクラスネットワークを読んで、みんなで笑った。「タケシおこられてるし~」「ヒロキも~」、「雷って何回も出てきてるし。」。

隣では、次に6年生になる子の授業をしている。
少し時間をもらうようにお願いしてあったので、今受験を終わって思うことを5年生に一言ずつ話してもらう機会を作った。新6年生にいい刺激になるだろう。

「思いっきり先輩面していいから、アドバイスしてあげて。○○中学に進学する○○です。って自己紹介してアドバイスしてね。あ、立夏先生怖いとか余計なことは言わなくていいからね。」
「言わなくてもみんな知ってるで~。」みんなが笑う。

「SN中S特進に進学する たまきやすのりです。絶対に先生にいっぱい質問に行った方がいいです。先生に聞いたらすぐに解決してやる気もでるから。みんなもがんばってください。」

憧れの中学に進学する先輩を前に5年生がざわつく。
「すご~い・・・」ささやきも聞こえる。

「SN中に行くことになった まつもとたけしです。時は金なりって言います。1分1分大切に今できることを精一杯がんばってください。6年になったらいっぱい叱られるけどその分賢くなれます。」
精一杯背伸びしている感じのタケシ。微笑ましい。彼も成長したなぁ。

トモの番になった。
「SN中に 不合格になった たかぎともひろです。」

えっ!?
横に並んでいたクラスメートもはっとしたような表情になる。
合格したところだけ言えばいいよって言ったのに・・・トモ・・・?
あたふたしている私をよそに、トモは言葉を続けた。

「ぼくはテストでA判定が出て油断しました。ゲームをしてしまいました。その間にがんばっていた人に抜かれたんだと思います。
君らは絶対に油断しないで行きたい中学に向かってがんばってください。ぼくはS中でがんばります。」

あのいつもの小さい声じゃなかった。
そこにいるみんなが真剣な目でトモを見る。5年生の子達も表情がぐっと締まった。
トモがSN中に不合格という結果を見てからまだ2週間も経っていない。
それなのに、彼はもう人前で言えるほどに乗り越えて、前を向いている。
そんなトモから合格したみんなも何かを感じ、なにかを学んだ。

そろそろいつもの授業なら終わる時間、子どもたちが「先生、ぼくら掃除しよっか?最後やし。」と言った。
「そうやね。お願いしようかな。じゃ~、トモはいちばん心配かけたということで~窓でも拭いてもらうとするかな?」
「えー!まじかよー」とか言いつつ、雑巾をとるためにすでに立っている。
「こんなでかい窓、一人じゃ無理やわ~。」
トモがそう言い終わる前には、4人男の子がトモを手伝うつもりで席を立っていた。





                                                             

                                                             ・・・終わり                                                                                                         →◇塾物語・番外編 を読む。                                
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※立夏が体験した多くの生徒のエピソードをもとに書いたものですが、
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